(後編)螺旋なる運命の巡り合わせ*オリキャラの設定を使っております。あと物語の都合上、オリキャラと既存のキャラとの絡みが多分に含まれます。 そういったものが受け付けない方はお戻りを。中二病設定注意。前編の続き。 夜は永いといえど、限りがある。日が昇ってしまえば、お互い吸血鬼。日陰に入らないと蒸発してしまう。 爪が折れれば生やして斬りつける。腕が落とされたりでもしたら、拾い、くっつけてまた闘う。その繰り返しの内に、朝焼けの時間が迫ってきた。 夜の力が弱まり、怪我の治りも遅くなってきた。息が上がってくる。そろそろ、決着を着けないと。 「ねえセキ。次の攻撃で白黒着けましょうよ」 「いいわ!」 レミリアもお望みのようである。私は残りうる魔力を利き手に集め、爪を鍛えなおした。 羽をはためかせ、レミリアに近づく。これでこの吸血鬼が動けなくなれば、私の勝ちだ。 直後、レミリアが囁く。神槍、スピア・ザ・グングニルと。 彼女の手に、似つかわしくないスケールの、巨大な真紅の槍が発生。 どこかで聞いたことのある名前だった。本で読んだことのある名前だった。 それは神が愛したという槍の名前。 接近する私へそんな攻撃は届かないと、言わんばかりに放たれる。 獲物で対抗するも弾かれ、神槍が私の胸を貫いた。威力を抑えきれず、槍の飛ぶベクトルへ飛ばされる。 飛ぶ力さえ失った私は抗えることなく墜落していき、紅魔館の屋上へ叩きつけられた。 「ううっ、げほっ! ごほっ!」 膨大な熱量を伴うその槍は刺し傷だけでなく、私に火傷をももたらした。 もう飛び回る体力はない。体を治すほどの力も殆ど無かった。 殆ど無傷のレミリアが私を見下ろす。 やはり、私では彼女に勝つことなど不可能だったのだ。愚かだったのだ。 まして神の愛した槍を有するなんて。私の爪と比べれば立派すぎて、彼女の武器と比べる事が失礼に値する程。 私は全力で闘った。レミリアも、最大の術を以って相手をしてくれた。 ここで灰になってしまっても、悔いはなかった。 冷徹な、悪魔のような笑顔のレミリア。私は彼女を畏れて、跪いた。 レミリア・スカーレットという高貴な存在。それは吸血鬼の私でも憧れるほどの、カリスマ性と強さを誇っているから。 「セキ、顔を上げてよ。あなたがわたしに頭を垂れる必要はないんじゃなくって?」 「……ううん、私にはあなたと、レミリア様と肩を並べる資格なんてない」 「どうして様付けなの? 同じ吸血鬼同士じゃない」 「私に、あなたと対等といえるほどの力はない。だから私はあなたを呼び捨てにするなんてできない」 「セキ、お願い。顔を上げてちょうだい」 そこまで言われて、恐る恐る顔を上げた。彼女は笑っていた。悪魔的なものではなく、優しく、温かみのある人間的な笑顔。 「楽しかったわ、また一緒に遊びましょうよ。だから、そんなこと言わないで」 「……レミリア」 彼女が手を差し出す。私はその手を取り、抱き起こしていただいた。 館の中へ。そのまま、部屋まで運んでいただいた。妖精メイド達はまだ寝ているのか、姿は見えなかった。 部屋に入ると、私は薬を飲んだ。少しは、力が回復してくれるだろう。 ベッドに腰掛け、レミリアに椅子を勧めた。いまだに塞がりきらない胸の傷が痛む。 「今飲んだものは何?」 「家畜の血を集めたものよ。こういうときのために持ち歩いてるの」 「どうして家畜? 人間の血を飲めばいいじゃない」 「……」 「ふーん、随分変ってるのね。ここに住んでいる者達と同じぐらい変わってる。……咲夜が言っていた。あなたは、吸血鬼でありながら吸血鬼を否定してると」 「そうよ……。私は、自分を含む吸血鬼が憎い」 「どうして?」 「私の、愛人の命を奪っていったから。それだけでなく、吸血鬼を受け入れようとする人々まで殺していったから。この世から吸血鬼がいなくなれば、吸血鬼に悲しむ人はいなくなる。そう、思っているの」 「それで、わたしを狙ってわざわざ結界を越えて、幻想郷へやってきたのね」 「ええ……」 「なんていうか、ご苦労様ね」 「……でも、私にあなたは倒せない。殺せない。できなかった」 「そうかしら。さっき、あなたの爪を受けていれば、わたしも無事ではなかったと思うわ」 「……」 「びっくりしたもの。スパスパ斬られちゃうものだから」 「そっちこそ、あんなに速く動き回って。おまけにあんな武器を持っているなんて……」 お互い、相手を褒め称えた。私の爪は思っていたよりは、利いていたようであった。 「でもね。わたしが負けた相手がここ、幻想郷にいるの」 「あなたを負かせた相手? なんだか許せないわ」 「博麗、霊夢。あなたが乗り越えた結界を管理している、幻想郷の巫女よ」 「……人間?」 「そう。術を使うけど、れっきとした人間よ」 「なんだか信じられない。吸血鬼が負けるなんて……」 「そう思うでしょ? でも甘く見るとあっさり負けてしまうほど、強いわ」 「……」 博麗霊夢。博麗神社に務める巫女のこと。しかし、あんな簡単に結界を通り抜けできて良かったのだろうか? そんな風に思った。いい加減な人間なのだろうか。 少し沈黙になる。折角なので、私は訊いてみようと思った。この際妙なプライドは捨てて。 「ねえレミリア、教えて欲しいことがあるの」 「なあに、セキ」 「あなたはどうして私を招き入れたの? 私が来ることを知っていたの?」 「……どうかしらね。少なくともあなたが幻想郷入りしてから、吸血鬼が近づいていることはすぐにわかったわ」 「あのとき門番や小間使いを使って私を追い払うことはできた。でも、そうはしなかった」 「あなたと会ってみたくなったから。外から来た同族なのよ? とってもおもしろい話を聞かせてくれるんじゃないかしら、て思ったのよ」 「……本当にそれだけ?」 「そうよ。他に理由が欲しい?」 「ううん……。十分ありだわ。一緒にお茶を飲んで、おしゃべりして、楽しかった」 「セキはこれからどうするの? ここを出てしまうの?」 「考えさせて欲しい……」 「そう。じゃあもう暫くここにいてくれるのね?」 「いいの?」 「勿論よ。もっとお話ししましょうよ」 「……レミリア、ありがとう」 「どういたしまして、と言っておくわ」 レミリアが席を立つ。近づき、私の顔を覗き込んだ。顔が近いことに、驚いて恥ずかしくなった。 「次は、わたしを倒してみせてよ」 その呟きを聞いて、嬉しくなった。この吸血鬼に、自分が認められたような気がして。 「この爪の切れ味、もっと見せてあげるわ」 彼女は微笑み、私を抱きしめた。 「血で、服が汚れてしまうわ」 「構わない」 レミリアが望むならと、自分も応じた。レミリアの身長は思っていたより小さく、私と比べて大差なかった。 私は恐る恐る、彼女の髪に触れさせてもらった。レミリアも私と同じように、触れてくれた。 いい機会なので、もう一つ確かめたいことを質問しよう。それは、レミリアが咲夜のことを本当にどう思っているのか。 「ねえレミリア。一つ訊いていい?」 「何でも訊いて」 「あなたはあなたを殺そうとした人間を、小間使いとして受け入れた。それはなぜ?」 「咲夜はとっても厄介な能力を持ってるでしょう? それを殺してしまうなんて勿体無いじゃない」 「そう……。変なことを訊いてごめんなさい」 「いいのよ、別に。あなたとわたしの仲じゃない」 やはりそうだ。彼女は咲夜のことをあくまで小間使いとして見ているとしか言わない。これは含みを持たせた言い方にすぎないのだろう。 レミリアは咲夜を愛しているのだろう。咲夜もレミリアを愛しているに違いない。故にお互い他人に対しては、単なる主従関係でしかないと、あえて主張しているのでは? もし、レミリアを滅ぼしたとしたら、咲夜は全身全霊を以ってして私を排除しようとするかもしれない。同様に、いざというときはレミリアも咲夜を守るかもしれない。 それが愛し合う者同士であると思うから。 私にだって愛した者がいたから、何となくわかる。守って守られて、愛して愛されての関係。 彼が亡くなってどれだけの年月が経っただろうか。それでも、彼が私を呼ぶ声だけは良く覚えている。 力が及ばずに、とある吸血鬼に敗れたあの夜。目の前で最愛の人が殺されたあの晩。 どれだけ悲しんだか。どれだけ悔しかったか。それからというもの、私が愛し、私を呼ぶ者はいなかった。 そして今日、レミリアは私の名前を呼んでくれた。彼女がセキという文字までも愛でるように、私を名前で呼んだ。愛したい人が、現れたのだ。 別の思い出が目に浮かんできた。それは、私が彼と知り合ってからの日々。平和な日常で、彼が私を呼んだときの景色。 考え事をしている私を呼ぶ声がした。それはレミリアの声。それが、彼の声と重なった。 「あなた、そろそろ休んだほうがいいわ」 「そうね。そうさせてもらう」 「セキの愛人の人の話、また今度聞かせてね」 「ええ。たくさん、たくさん聞かせてあげる」 レミリアの温もりが離れていった。 頷いて会釈。レミリアは翼を折りたたんで、部屋を出て行った。 ベッドに横になる。目を瞑っても、レミリアの姿が思い浮かんだ。 羨ましいと思った。レミリアと咲夜が。愛するもの同士、居られることに。 溜息が漏れる。もう休もう。胸の傷は塞がりつつあった。 悲しいことを思い出したが、今日は嬉しいことが多すぎた。 久しぶりに、良く眠れそうな気がした。 目が覚めた。部屋には誰も居ない。扉越しに廊下から妖精のおしゃべりが聞こえる。 どれだけ眠っていたのか。疲れは綺麗に取れている。時計はお昼過ぎを指していた。 胸に触れる。傷は塞がっていた。しかし困ったことに、着替えの服がない。 ノックの音がしたので入室の許可を出すと、いつもの接客笑顔の咲夜が音を立てずに入ってきた。 「おはようございます。そちらのお怪我はもう大丈夫な様ですね」 私の胸を見てそう言った。夜の戦闘を咲夜は見ていたんだろうか。 「おはよう。私が何者か知っているでしょう? 怪我なんて問題ないわ」 「セキ様、これはお嬢様の言いつけです。クローゼットの中の服を自由に着ていただいて結構に、とのことです。」 「服をいただけるの? それはありがたいわ」 クローゼットの中を開けると、白や黒を基調としたドレス、ネグリジェが揃っていた。引き出しの中にはリボンや髪留め等のアクセサリーまである。 私は黒一色のドレスに上着のセットのものを選んだ。それだけでは味気ないと思い、胸に薔薇の花びらを形取ったリボンを巻くことにした。 「お手伝いします」 「ありがとう、お願いするわ」 「ところでセキ様」 「うん?」 「昨晩はお楽しみいただけましたか?」 「やっぱり、見てたのね」 「あれだけ騒がれては、誰だって気になります」 「……楽しめたわ。ものすごく、ね。あなたのお嬢様は思っていた以上に強かった」 「当然でございます。お嬢様と同じ吸血鬼が相手でも、そう簡単に負けたりはしません」 勝ち誇った言い方。正直、悔しい。 「今度はあなたが相手してくれてもいいわよ?」 「喜んで。あなたが私に勝てるなら」 「何だか、頭にくる言い方ね。でも嫌いじゃないわ、余裕があるって」 「恐れ入ります」 咲夜に着替えを手伝ってもらった。汚れた顔を昨夜に手拭で拭いてもらい、手ぐしで髪を整えておめかし。 「……ところで咲夜。レミリアは?」 「今頃、地下の大図書館でパチュリー様とお茶の最中かと思われます。ご案内しましょうか?」 「お願いするわ」 部屋を後にして、地下の図書館というところへ連れて行ってもらうことにしてもらう。 目的地までの階段は長く、深かった。それほど、蔵書量の多い図書館なのだろう。 図書館は確かに広かった。大と付くに相応しいほど。 天井は遥か高くにあり、一番上の棚から本を取るには梯子を使うより飛んだほうが早そうなほどである。 本棚によっては酷く荒れて陳列されている部分もあり、妖精メイドが適度に片付けていた。 並ぶ本からは様々な種類の魔力が込められている物もある様で、おそらくは魔術書か、その類なのだろう。 図書館の奥行きは遠く、先が暗がりになっていて良く見えない。館の外観からは想像できないほどの、地下階の空間があったようである。 咲夜に着いていくまま歩いていると、一体の使い魔が見えた。昨日食事の時に居た、パチュリーの使い魔であった。 「おはようございます、セキ様。お目覚めはいかがですか?」 「おはよう。まあ、上々ね」 使い魔は挨拶を交わすと、図書館の奥へ消えていった。ここの管理でもしているのだろうか。 咲夜に案内された先に、ようやくレミリアとパチュリーを見つけた。 「あらセキ、おはよう。随分お寝坊さんね。よく眠れたかしら?」 「おはよう。久しぶりに良く眠れて、いい気分だわ」 「おはよう……」 本に向かったままのパチュリーからの挨拶。話すときぐらいは本を閉じるべきだろうと思う。 「咲夜、お茶を頂きたいわ。うんと、濃いの。スパイスがいらないぐらいの」 「かしこまりました。すぐにお持ちします」 咲夜がこの場を後にする。レミリアが椅子を勧めるので、素直に従った。 「その服、気に入っていただけたかしら?」 「ええ。こんな綺麗な服を頂けて、嬉しい。サイズもぴったりだし、最高よ」 「それは良かったわ」 パタン、とパチュリーが本を閉じてお茶を啜る。見つめていると、彼女と目が合った。 「……顔に何かついてる?」 「いえ、あなたはどんなことが出来るのかって、思っただけよ」 「魔法が使える。ありとあらゆる属性の魔法を、ほとんど使えるわ」 「すごい、すごい! パチュリー、あなたすごいのね!」 魔法使いという存在は知ってるが、複数の属性魔法を扱える者なんて机上の理論だけだと思っていたから。 レミリアはすごいが、このレミリアの友達もすごい。幼稚な表現だが、そう思った。 聞くと、百年ほど魔女をしているらしい。歳を取らない魔法のせいで、そうは見えなかった。 しかしパチュリーは喘息を患っているために、あまり動き回るのは苦手なようである。 「あなたは……本当に外からやってきたの?」 「そうよパチュリー。来れたのは偶然、だと思うけど」 「ふうん」 相槌を返したパチュリーはまた本に集中する。よっぽど、本が好きらしい。 気付けば、後ろに咲夜が控えていた。ちょうど、私のお茶を持ってきてくれたところらしい。 相変わらず音もなく近づかれるものだから、少し怖かった。 紅茶に人間の血を混ぜるなんて生易しいものじゃなく、人間の血そのものをカップに注いだだけのもの。 人肌程度に暖められたそれを、一気飲みした。 「下品でごめんなさいね」 「そんなにお腹が空いてたのね」 「ええ」 咲夜からお替りを勧められたので、是非にと注いでもらう。 まだお腹は満たされていないが、またすぐに飲んでしまうのはさすがに恥ずかしい。少しずつ飲むことにしよう。 「……じゃああなたは何が出来るの? 血を吸ったり、飛んだりする以外に」 「そうね、引っ掻くのが得意よ」 「そう……。まるで猫みたい」 「あんな畜生と一緒にされるなんて心外だわ」 「そうかしら? 血を吸わない吸血鬼なんて……」 「なっ! ちょっとパチュリー、どうしてそれを知ってるの!」 知られてないはずであろう自分の過去が暴かれたみたいで、頭にきた。 私はテーブルを叩きつけてしまったのか、カップの中に波紋が出来ていた。 「……」 何も返さない。レミリアが話したのか。そう思って彼女に目線で問うても、何も言ってないとばかりに首を左右に振った。 「何となく言っただけなんだけど、セキってそんなのだったのね」 「……」 パチュリーは冗談のつもりだったらしい。それでも、自分が侮辱されている気分になった。 確かに血を吸おうとしない吸血鬼は、吸血鬼にあらずと言われてもおかしくはない。 それでも、私の食事は何であれ血でしか栄養を取れないのだから吸血鬼じゃないか。 「パチェ。別に人間を襲おうとしない吸血鬼がいても、おもしろそうだからいいじゃない、ねえ」 「ええ……。それに、わたしも悪気があって言ったわけじゃないの」 「……そう」 口では納得したようにしたが、腹の虫は治らなない。文字通り真っ赤な紅茶を飲んでも、苛立ちは誤魔化せなかった。 認めさせてやりたい。この魔法使いに私の実力を。 でも遊びましょうよと誘ったところで、読書への熱情には敵わない気がした。 この魔法使いと居ると、いつも自分だけが騒ぎ立てて、一人で苛立っているような気がする。 なんて大人気ないんだろう。途端に自分が馬鹿らしくなった。 「セキは……」 「なあに?」 本を閉じ、ぼそぼそと小声で喋るパチュリー。おまけに早口気味なので、非常に聞き取りづらかった。 「……飛び道具は苦手なの?」 「え?」 「パチェがあなたに、弾幕は放てないの? だって」 聞き取れなかったところを、レミリアに通訳してもらった。 「ええ、そうよ。この幻想郷じゃあ、飛び道具の撃ち合いが主流なの?」 「そうね。ここでは、スペルカードというものがしきたりみたいだから」 「ふうん。それだと私、レミリアとじゃなきゃ、遊べないじゃない」 「わたしとしか遊べないのは、不満?」 「ぜ、全然。そんなことないわ。あなたとなら、いつまでも遊びたい」 微笑みを返したレミリア。その笑顔は私が跪いたときに見せた、優しい笑顔。 パチュリーはこの光景を見て、また本に意識を戻した。 私とレミリアが一緒にいるのを、他人が見ればどう思うのだろう。何となく、そう思った。 パチュリーにとっては、割りとどうでもよさそうに見えるが。 レミリア、パチュリーと勝手にお茶を一緒してどれだけ時間が過ぎたのか。 時計はとうに日が沈む、夕食の時間を示していた。 そろそろお暇しようかと思ったとき、咲夜が珍しく音を立てて近づいてきた。 「お嬢様、大変かどうかわかりませんが大変です。太陽が、沈みません」 「なんですって!」 レミリアとパチュリーが驚いている。でもレミリアはそんなに気にしていないのか、余裕の表情である。 パチュリーも、読書を再開していた。驚いて、大きな声を上げのは自分だった様だ。 「幻想郷に住んでいる者はすごいのね。ここまで冷静に状況を楽しめるほど、優雅で」 「どちらかといえば、どうでもいいだけよ」 パチュリーが呟いた。そうでもないようである。 「咲夜、付いてらっしゃい。これは異変だわ。おもしろそうな奴がいそうだから、解決しに行くしかない」 「仰せのままに」 彼女は今起こっていることより、事を起こした者の方が気になる様子であった。 「レミリア、大丈夫なの? 私達吸血鬼なのよ、日の光を浴びたら死んじゃうわ」 「わたしを誰だと思ってるのよ、セキ」 「……そうね」 「あなたはパチェとお茶でも飲んで待ってなさい。そうね、帰ったらわたしの妹を紹介してあげる」 「それでは、失礼」 レミリアと咲夜がこの場を後にした。パチュリーは相変わらずである。 ここにいてパチュリーとお茶でもと言われたが、彼女の邪魔をしている気になってきた。私は部屋に戻ることにしよう。 「レミィなら心配ないわ。あなたより、ずっと強いから」 「納得できるけど……その言い方、やめて欲しいわ」 すっかり冷めてしまったお茶を飲み干して、部屋に戻った。 部屋に戻ると、三匹の妖精メイドが掃除の最中であった。 私は一人になりたかったので、メイド達に部屋から出て行ってもらった。リボンをはずし、ベッドで横になる。 レミリアは私をどう思っているんだろう。たぶん、深夜の時に言っていたことは本当なのだろう。外から来た吸血鬼が、どんなものなのか気になるということ 私を抱きしめてくれたことに、きっと深い意味はない。 それでも、レミリアが私を好いているところがあるんじゃないか、と期待する自分がいる。 同族だから興味があるとかじゃなく。結界を越えてやって来た外来の者だからとかじゃなく。 一人の女性として、私をどう思っているのか。 私はレミリアという吸血鬼、いや女性を愛したくて堪らない。同時に、愛されたくもある。 なんて我侭なんだろうと、自分でも思った。あくまで私の妄想といえ。 また、彼女が私を呼ぶ声が聞きたい。私の心をいいように弄ぶような音色で、名前を呼んで欲しい。 遠くで膨大な魔力の気配を感じた。この量は間違いなく、レミリア。 おそらくスペルカードというものを使ったのだろう。 しかし様子がおかしかった。その魔力は徐々に弱まっていく。 まさか。吸血鬼が負けるはずがない。レミリア・スカーレットが負けるはずがない。 そして魔力の気配は、消えていく。蝋燭が燃え尽きるように少しずつ。 いやそんな。こんなことありえない。こんなの嘘だ。いや、今のはレミリア以外の気配に違いない。きっとそうだ。 居てもたっても居られなくなり、部屋を飛び出す。廊下の窓から差し込む日光は、真夏の昼間より眩しく感じた。脇目に見ても、目が焼けそうだ。 妖精メイド達は普段どおりに仕事をこなす。こなさずに、遊んでいる者もいるが。 そんな彼らを無視して、私は地下大図書館を目指した。パチュリーなら、今何が起こったかわかるはずだと思って。 階段を下りた先で、門番の大きな声がする。行ってみると、咲夜が美鈴に手伝ってもらわないと立てないほどの傷を負っていた。 出かけた咲夜が帰ってきたのだ。そこに、レミリアの姿はなかった。 「咲夜、レミリアがいないじゃない。……何があったの」 小鳥のさえずり程の言葉が聞こえた。お嬢様が、消滅してしまったと。 嘘だ。こんな言葉遊びなどに、ひっかからない。そうなのだろう? 強い魔力が消えたことを思い出して、頭の中で咲夜の囁きを繰り返して、やっと認識した。 吸血鬼レミリア・スカーレットは死滅した、と。瞬間、何も聞こえなくなった。 全身から力が抜けるような感覚。口が開いて、震える。いや、自分がそんな反応をしたのか認識する余裕は無かった。 絶対にいなくなるはずがないと確信していたのに。信じていたのに。 私が愛したい者が、また死んでいった。彼女には私以上に、彼女を愛している咲夜が付いていたというのに。 反射的に、咲夜を引っ叩いた。小間使いが床に倒れこむ。可愛そうなことをしたと自覚するも、反省する気は無かった。 美鈴が私を取り押さえる。強い力であるが、レミリアほどではなかった。 「何てことをするんですか!」 「当然のことでしょう。……主人を守るべき小間使いが、主人を見殺しにして、のうのうと生きて帰ってくるなんて」 咲夜は何も言い返さない。いや、返す体力もないのかもしれない。 美鈴だって、このことを何も思っていないわけではないようである。妖怪なのに、泣いていたから。 「咲夜さんだって、何もしてないはずがないじゃないですかっ! それを、攻めるなんて……!」 「うるさい!」 全身に力を込めて、美鈴を強引に振りほどく。壁に叩きつけられた彼女なぞどうでもいいと思った。 咲夜に近づき、胸倉を掴んで持ち上げる。よほどのショックなのか。目は虚ろとして、顔に表情はなかった。 「どんな手を使ってでも、主人を、彼女を、レミリアを守るべきでしょう! それなのに、それなのに……!」 「……ごめん、なさい」 「今、何て言ったのかしら? 聞こえなかったわ」 「ごめん……なさい。申し訳、ありません……」 「謝って許されるはずがないでしょう!」 胸倉を掴んだまま、咲夜を壁に押し付けた。喘ぎ声を漏らすほどの元気も無いようだった。 「おやめなさい!」 パチュリーの叫び声。直後、光の爆発。 光に敏感な私にとってそれは何よりの脅威。目がチカチカして、視界を奪われてしまう。 怯んで、咲夜から手を離した。 「そんな馬鹿な真似をしている場合じゃ、ないでしょうに!」 珍しく、彼女が大きな声を出した。直後、パチュリーは咳き込む。酷く鼻をすすっていることから、彼女も悲しんでいることがわかった。 「うう……何をするのよ。私は正論を言ったまでじゃない……」 「お黙りなさい。そんなことをしても、レミィは帰ってこない」 「……」 彼女の方が正論であった。 視界が戻るまでそんなに時間はかからなかったが、頭の中は少し冷静になれた。 美鈴とパチュリーの使い魔が、咲夜を手当てしている。 「れい、む……」 咲夜が再び呟いた。その言葉は、レミリアの口から聞いたことのある人間の名前。 「そいつがレミリアを殺めた奴なのね……。咲夜、案内しなさい」 「今咲夜さんを動かすなんて、危険です! セキさんあんまりです!」 「何を言うの美鈴。あの人間、殺してやるんだから。ほら咲夜、立ちなさい」 咲夜を立たせようとしたところで、パチュリーがまた呪文を呟く。が、咲夜は手で詠唱を制した。 「いいんです、パチュリー様、美鈴、小悪魔。大丈夫……私が、案内致します」 直立すら苦しそうな咲夜だが、けじめをつけようと動いてくれるようである。 「セキ、この天気じゃ、あなたじゃ無理だわ」 「そんなに太陽が気になる? これでどうかしら」 パチュリーの疑問に答える。念じて、空に真っ赤な霧を発生させた。 薄い霧から濃霧へ。それを全方位に広げ、幻想郷の地面に太陽の光が届かないようにした。 自分自身の魔力を大きく消費する術であるが、動き回れないよりはましである。 「咲夜、さっさと案内しなさい。霊夢という、人間の居場所へ」 「はい……仰せのままに」 外へ出ようとしたところで、またパチュリーが前に立ちはだかった。 「もう一度言うわ。そんなことをしても、レミィは帰ってこない。わたしが復活の魔法を探すから、おとなしくしていなさい」 「……通して、パチュリー。これは仇討ちよ。それに、吸血鬼が人間に負けるなんてあってはならないことだわ」 「その無駄に大きいプライド、いい加減に捨てたら?」 「どきなさいって言ってるのよ! 彼女の友達でも、容赦しないわよ!」 自慢の爪を生やし、見せ付けたところでパチュリーは観念したのか、通してくれた。 まだ何か言いたげな目線を飛ばしてくるが、無視する。 今私は初めて心の奥底から、人間を殺したいと思っている。 たんぱく質で出来た筋肉を引き裂いて。カルシウムで出来た骨という骨を砕いてやって。頭蓋骨に穴を開けて脳漿を啜ってやる。 待っていろ、調子に乗った人間が。その首を跳ね飛ばし、レミリアに捧げてくれる。 その道中、妖精や妖怪の邪魔が入ったが全て切り裂いてやった。 自称最強の氷の妖精など、煩いハエに等しかった。 空を漂うことに精一杯な咲夜の案内で、博麗神社という所へ連れて行ってもらう。 境内は酷く荒れており、一戦交えた直後という感じ。 この場に、微かな魔力を感じた。間違いない。レミリアと人間が争ったあとだ。 辿り着いたところで、その人間はすぐに姿を現した。 「ちょっと! お日様が沈まないと思えば、今度は消えちゃったじゃない! お日様を出して、元に戻しなさい!」 白と赤の巫女装束を身に纏った少女が目の前に。この人間こそが、博麗霊夢。レミリアを灰に帰した、張本人。 腹が立つ。憎い。彼女の命を奪っていった。そう、彼女は死んだ。死んでしまった。もう会うことはできない。 色んな感情が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざって、涙が溢れてきた。 ぐっと押さえて、目の前の人間を睨む。 「うるさい。お前がレミリアを、殺したんだ……。咲夜、手出しは無用よ。そこで黙って見てなさい」 「……仰せのままに」 咲夜を後ろに下がらせた。目の前の人間はえらく不機嫌であった。こちらの気も知らずに。 「いい加減なこと言わないで。吸血鬼のくせに、太陽の下に出てくるほうがおかしいのよ。自業自得なのよ」 「黙れ、人間風情が! お前が彼女を殺したことに変わりはない! だから、お前を殺してやる!」 巫女はこれが戦闘開始の合図だと受け取ったのか。自分の周囲に白と黒の玉を漂わせた。 「大体、昨日から嫌な予感がしてたのよ。変な奴が紛れ込んだんじゃないか、ってね。それがあんたでしょう!」 数々の札が私目掛けて飛んでくる。おそらく、妖怪の類を懲らしめる道具なのだろう。 その程度だと思って、全て跳ね除けるように真っ向から受けた。痛い。体が焼けるように。 でも死には至らない。だから受けつつも強引に近づいた。 右手、左手に魔力を込める。眼前の紅白を八つ裂きにするために自慢の獲物を生成。 巫女の軽い砲撃は止まらない。次に飛んできたのは、小さな針の山だった。 本能的に、危ないと思って避ける。が、避けきれない分が、私の足に食らいついた。 札とは比べ物にならないダメージであった。札以上の退魔の能力を備えているのか、人間でない私には効果てき面。 足の神経が麻痺し、痛みに叫び声を上げた。 「どう、この針の威力は! 霧を晴らさないと、もっと痛い目に遭わせるわよ!」 「だ、黙りなさい! この程度で、こんな人間何かに……!」 吸血鬼が負けることなど、あってはならない。私が愛した者を消し去った人間なんかに。 動けど動けど札が付いて回っては、針で狙い撃ちにされる。飛び道具を持たない私が不利なのは、一目瞭然だった。 肉体的なダメージの蓄積はどうでも良かった。自然治癒力でまかなえるから。 むしろ深刻なのは精神に関わるもの。不思議と、札に当たる度に自身の魔力を削られているような感覚がする。 お陰で。最大速度で空を飛び回るのにも一苦労。避けきれずに被弾すればダメージを回復するのに力を使うため、攻撃に使う魔力まで抑えてしまっている状態である。 このままでは埒が明かない。私が逃げ続けるだけの、一方的な闘いになってしまう。 「つまんないわねえ、逃げるしかできないの?」 「に、人間風情が! 調子に乗って!」 レミリアから頂いた一張羅はボロボロで、折角のお洒落は台無し。 巫女に迫るも、逃げ足が早く追いつけない。その間も、射出される札に追い回される始末。 飛び道具と、素手のみの勝負。この差を生めることの出来ない自分の実力に、落胆した。彼女に申し訳がつかない。 あのレミリアを負かしたほどの巫女の実力。人間の技。数百年生きた私と、二十年も生きていないであろう人間との実力差を作った何か。 少しずつ、追い詰められるように負けていく。このままでは私が倒れるのも時間の問題だった。 翼と手に残った魔力を集める。搾り出せる最大の速度で巫女に迫り、繰り出せる最高の威力で切り裂く。もう、これしかなかった。 なかなか倒れない私に巫女が苛立ち始めたのか。白と黒の玉を放射し、さらに激しい弾幕を放った。 少々のダメージは我慢する。札の大波を耐え忍び、退魔の針を掻い潜り、白黒の玉に掠った。敵は目前。 腕を振ろうとして、堪える。巫女が逃げようと飛んだ先に、見舞ってやるのだ。 さらに肉薄した。巫女は私の目を見つめ、逃げようとしない。 逃げようなどとせずに、私の攻撃を見切るつもりか。おもしろい。見切れるつもりなら、この爪から逃げてみろ。 右手を振り下ろす。左手で薙ぎ払う。手応えがない。目の前から巫女の姿が、消えていた。 「あんた弱すぎ。あの吸血鬼とじゃ、比べ物になんない」 後ろから声がした。振り向いたときにはもう遅い。 白黒の玉の大質量が私を押し潰し、幾つもの針が突き刺さり、たくさんの札が私に張り付いて自由を奪っていった。 「そんな……。こんなに強いなんて……。吸血鬼が、人間に負けるなんて……」 空に霧を撒いた術が解ける。赤い霧は薄れていき、夜であるのに少しずつ日の光が見えてくる。 巫女の姿が空へ消えて行った。 遠くで咲夜が見つめる。無表情に見えるが、誇りを掲げて闘った私を嘲笑うかのような、そんな感情を瞳の奥から感じた。 徐々に日の光が私に近づく。自分の手を見つめた。あれだけ必死に鍛えた爪が、いまはせいぜい体を引きずるぐらいにしか使えなかった。 「咲夜! 十六夜、咲夜!」 咲夜を呼ぶ。近くに来たところで、彼女が薄ら笑いを浮かべていることに気がついた。 「お嬢様を慕い、仇討ち。で、その結果がこれですか。随分滑稽ですこと。外から来た者なら或いは、と思いましたけど結局博麗の巫女には敵わないのね」 咲夜は私に毒を吐いた。私は、彼女の不利益となるようなことでもしたのだろうか。 まるで人が変わったかのように接し方が豹変している。 「いくらでも笑うがいいわ、主人を守れなかったくせに。……力が及ばなかったのよ。彼女を、レミリアを想う気持ちが」 「それで、わたしに何の用でございますか、セキ様。とどめを刺すのでしたら、喜んで引き受けますわ」 「なんだか、すごく冷たいのね……」 「この際だから正直に言うわ。お嬢様とわたしの間にあなたが入ってきて、邪魔だったの。余所者に好き勝手されるのは嫌いなの」 「……そうだったの。それはすごく悪いことをしたわね」 「ええ。それであなたはどうする? わたしに助けてと頭を下げる?」 「冗談じゃないわ。人間のあなたにそんなこと、するはずがないじゃない」 「パチュリー様の言ったとおりね。誇りに酔って死ぬなんて」 「なんとでも仰い。でも、一つだけ聞いて欲しいことがあるの」 「ふうん、人間のわたしに?」 「お願い。もし、もしもよ──レミリアが復活するというのなら、この服を彼女に返して欲しいの」 「……そうね。その頼みなら聞いてあげるわ」 「ありがとう、咲夜。いいえ、レミリアの小間使い」 「どういたしまして、吸血鬼嫌いの吸血鬼」 「わかっているとは思うけど、勘違いしないで頂戴。同じ吸血鬼といえど、レミリア・スカーレットだけは特別だと」 「重々承知ですわ。なんたって、紅魔館のお嬢様ですから。私の、お嬢様ですから」 差し込む太陽の光が私を気化させていく。不思議と、痛みは感じなかった。 ごめんなさい、レミリア。紅魔館で待てと言われた約束を破って飛び出したことを。もしも彼岸で会うことができれば、謝るから。 死んでしまう前に、あと少しでいいから時間が欲しいと思った。 ゆっくりと、レミリアの死を悲しむ時間が欲しいと思った。 頭の中で、彼女が私の名前を呼ぶ声がする。いや、これは自分を呼んでくれた思い出。 もう一度、私の名前を呼んで欲しい。 もう一度、私を抱きしめて欲しい。 もう一度、私の髪の毛に触れて欲しい。 もう一度、会いたい。 もう一度、一緒に遊びたい。 私、吸血鬼セキはここで意識を失った。目覚めることは、もうない。 --------------------------------------------- 当サークルでは気に入っていただけた作品への投票を受け付けています。 よろしかったらご協力ください。時々投票結果をチェックして悦に浸るためです。 └→投票ページはこちら(タグ系が貼り付けられないため、外部ブログになります) ジャンル別一覧
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